そこに家がある限り、 宅配便 はどこへでも行きます。
 …でもねぇ、とんでもない所もあったりするんですよね。
 クルマの通れない道を、ず~っと歩いていかなきゃならないとか
 何百段もある階段の上とか…。でもそんなの序の口。
 なかには、「ここは”SASUKE”のステージかっ」と思う所や
 手作りの吊橋の向こう側 なんて事もありました。
 ボクは、高い所と怖いのニガテなんですよぉ~
 そう…怖いのは苦手なんです。
————–2005/07/06 発行 第38号———————–
 
 


======================================
■ハンドルを握ったサルと愉快な仲間たち
======================================
 『昭和から来た男』
 その男は、突然現れた。
 
 ボクはクルマを降りて荷室の荷物を探している最中で
 その男の気配にまるで気が付かなかったから、ひどく驚いた。
 
 「家を…探しているのですが…。」
 あぁ。
 宅配便 をやっていると、道を聞かれる事はよくある。
 その町の隅々まで知っているプロフェッショナルなんだから
 道に迷ったら 宅配便 に聞くというのは、正しい判断だと思う。
 しかし、ボクはその男の容貌に何だか妙な胸騒ぎを覚えた。
 キチンとした格好だが、なんだか妙に「昭和」染みている。
 今時珍しいくらいの太い黒ブチ眼鏡。
 白い開襟シャツ。髪もきちんと刈り上げられている。
 それなのに靴だけは、擦り切れて穴が開いていた。
 
 
 「はい。どちらを探しているんですか?」
 「こちらのお屋敷なんですが…」
 差し出された地図は、手書きの住宅地図だった。
 しかも、何年も前の物のようで黄ばんでいる。
 そこに描かれている住宅も、戸数が極端に少なくて
 とても、ここ数年のものとは思えない。
 
 「ご存知ないでしょうか?」
 古い地図だなぁ。一体何十年前の地図なんだろう?
 ボクが地図をあまりにもじっと見ていて何も言わないので
 知らないと思ったのだろうか?
 男はボクの顔を覗き込んできた。
 一瞬、全身の毛が逆立つような感じがした。
 あわてて探す振りをしたものの、
 あまりの地図の古さと、手書きのせいもあるのだろうが
 現在の住宅とその地図を頭の中で重ねてみるが
 ボクには、全く見当がつかなかった。
 
 「えーと、何番地か分かりませんか?」
 「番地…。わかりません」
 申し訳なさそうに男は言うと、
 丁寧にボクに礼を言って去って行った。
 
 ————————————————————-
              配達に出る前は、何だか嫌な感じだった。
               どうして?という思いがあったからだ。
             何か…とても悪い事が起きそうな変な予感。
 
         しかし表に出てしまえば、そんな思いは吹き飛んだ。
   曇った日が続いた天気だったのが、今日は素晴らしく晴れている。
     まぁ、曇り続きの後の晴れた日は、不在が多いだろうけれど、
                やっぱり晴れていると気持ちが良い。
 
             ボクは、嫌な事など忘れて配達に没頭した。
 
 
 ————————————————————-
 そろそろ配達も終わりだ。
 そう思っていた時に、ふと思い出した。
 朝の嫌な感じの原因を。
 住所不明があったのだ。
 伝票に書かれた住所を地図で見ると、
 そこはただの山で何も無い所のはずだ。
 
 その山の下の道は、配達でよく通る道でよく知っているが
 山に入る道には厳重に鍵の掛けられた小さな門があるだけだ。
 そしてその門には「私有地」とデカデカと張り紙がしてある。
 しかし家は無いはずだ。
 その山の、そのまた向こうの山からは全体が見渡せるのだが
 今まで配達していて、住居らしき建物は無かったはずだから。
 だからボクは朝のうちに、調査係に調査を依頼したのだ。
 しかし調査係からの返答は「現地確認してきて」というものだった。
 現地を確認しなければならない決まりがあるので
 一応発店には連絡しておくが、現地確認もして来いという事。
 ボクももちろん現地確認しなければならない事は分かってはいたが
 早くその荷物を調査に手渡したい理由があったのだ。
 それは、その荷物の宛先が、
 「昨日会った男」に尋ねられたその場所そのものだったからだ。
 
 あの手書きの古い地図の中央に描かれたお屋敷。
 周りの家とは比べ物にならないほどの大きさのお屋敷。
 不自然じゃないか。
 そんなに大きいお屋敷ならば、今まで配達が無いわけない。
 いや、仮にボクのところで無かったとしても
 それほどのお屋敷ならば、あんな厳重な鍵付きの門なんてあるものか。
 山の上に大きなお屋敷があるのなら、
 それなりの、屋敷に続く道があってしかるべきじゃないのか?
 それにあの地図にはお屋敷の他に何件かの家も描かれていた。
 住宅地の入り口が、あんな小さな門でしかも鍵付きなんて
 聞いた事ない。
 
 ボクの知る限りでは屋敷への道は無い。
 あるのは、例の小さくて厳重に鍵の掛かった門だけ。
 その道だって踏みならされた感じが多少あるほどの細い道なのだ。
 嫌な予感がした。
 何故、ボクのところへ来たのだ?
 何故、あの男はボクに道を尋ねたのか?
 何故、その屋敷宛ての荷物がボクの手元にくるのだ?
 ボクはその荷物を手放したかった。
 このまま「住所不明だった」「家は無かった」と言って
 調査係に返してしまおうか?
 なんとか手放す方法はないのか?
 しかし、ボクは門の前に着いてしまった。
 いつもが閉まっている門が…
 今は…
 開いている…。
 禁断の世界だ。
 行っては行けない気がする。
 しかし…。
 たかが宅配便だ。
 そうそう不思議な事が起きるわけないじゃないか。
 このまま荷物を持ち帰ってしまってどうなる?
 ボクはボクに言い聞かせた。
 よし、行こう。
 ボクは門をくぐり、禁断の世界へと踏み出した…。
 —————————————————————
 
 中に入ると道は細く、気持ちぬかるんでいる感じがした。
 門の外から見た道は、
 多少なりとも踏み固められているように見えたのだが
 それはすぐに、ただの草が生い茂っている山肌となってしまった。
 
 足元に注意しながら進まないと滑りそうなくらいだ。
 こんな所にお屋敷と呼べるほどの家があるのだろうか?
 10歩も進むと、こんな所に入り込んだ自分が
 とても馬鹿のように感じてきた。
 その時、「パキ」と音が聞こえた。
 ふと上を見上げる。
 あれ?
 いつのまにかかなり暗くなってきていた。
 木々が生い茂っているせいもあるのだろうが、
 すでにちょっと先は見えないくらいに暗くなっていた。
 こんな所に家なんてあるはず無い。
 現地確認はしたんだ。
 あとはもう調査係に頼もう。
 帰ろう。
 そう思った時にまた音が聞こえた。
 パキ…
 何の音だろう?
 小さな音なのにやけにはっきりと聞こえる。
 帰ろうと思ったのに、ボクは前進した。
 何かに呼ばれているように。
 足元に注意を戻し、滑らないように一歩づつ進んだ。
 進めば進むほどに、道は道でなくなり
 ただの崖を上っているようになってくる。
 すでに足元もよく見えないくらいに暗くなってきた時
 ふいに少し開けた場所に出た。
 パキ
 また音が。
 何だ?何が鳴っているんだ?
 音の方向を確認しようと見渡したが、何も無い。
 いや……細く、明かりが見えた。
 辺りはもう真っ暗だった。
 開けたこの場所はテニスコート半面くらいの広さだ。
 その片隅で、弱く明かりが灯っているのが見える。
 その方向に歩いていくと、そこには小さな小屋があった。
 小屋は普通の物置程度の大きさで、
 ただ、板切れを貼り付けて建てたような粗末なものだった。
 小屋には引き戸があり、そこから明かりが漏れていた。
 (こんな所に…)
 不審に思ったが、大体ボクは家を探しにここに来たのではなかったか。
 それなら明かりが灯っていて不思議だという事はない。
 むしろ、ここには家があり、人がいる証明じゃないのか?
 その小屋に向かって声を掛けてみるが、全く返事は無い。
 何度か試したが、まったく状況に変化はない。
 普通なら不在票を書いて持ち戻るところだが
 ここにまた来るのはイヤだった。
 (作業場なのかな…?明かりが灯っているけれど住居じゃないよな…)
 ボクは引き戸を開けた。
 しかし……そこは闇だった。
 点いていた筈の明かりは消えた。
 明かりが引き戸の隙間から見えていた筈だ。
 さっきまでは…絶対に!
 何故、闇なんだ?
 何故、明かりが消えたのだ?
 目が慣れないせいか何も見えない。
 さっきの明かりは…何だったのか?
 確かにこの引き戸から明かりが漏れてた筈なのに…。
 少しづつ目が慣れてきた。
 小屋の中の様子がだんだんと見えてくる。
 そして、ボクは息を呑んだ。
 中にあったのは…
 卒塔婆だった。
 何十にも重なり合って、それはそこにあった。
 声にならない悲鳴をあげて後ろに飛びのく。
 なんだか変だ。
 帰らなきゃ。
 パキッ
 (はッ!)
 振り返ったボクはさらに声にならない悲鳴をあげた。
 そこに……墓地があった。
 さっきまで少し開けた場所だと思っていた所が…
 その周りは木が生い茂っているだけだった筈の場所が…。
 今は墓地に変わっていた。
 そして…そこにあの男が立っていた。
 昨日、ボクにこの場所にあるお屋敷を尋ねた男。
 まるで昭和初期風の格好のあの男が
 墓地の真ん中で、少し首を傾げてこちらを見ている。
 そして言った。
 「私宛ですね…」
 20メートルくらい離れているのに…
 小さな声なのに…
 耳元で話しかけられているように聞こえた。
 
 このまま帰りたかった。
 それなのにボクは答えた。
 
 「いや、昨日聞かれたお屋敷宛てですよ」
 小さな声だった筈だが男には届いたようだ。
 「ですから私宛です。…どうぞ」
 そう答えた男はボクを促すような素振りを見せた。
 そしてボクは男の方へ歩き始めた。
 何故か男の方に歩いてしまう。
 全身鳥肌が立つくらいの恐怖なのに
 どうしても足が止まらない。
 すぐ傍にボクが立つと、男が言った。
 「ご足労おかけします」
 
 「こ、こちらの品物ですが、こちらでよろしいのでしょうか?」
 「はい」
 この状況の中でボクは聞いた。
 ここには屋敷は無い。
 見回してもそれらしき建物は見えない。
 あるのは墓地と小屋だけだ。
 だから早く帰りたいと思いながらも聞いた。
 「このお宅まで届けましょうか?」
 「いえ、ここで結構です」
 「ですが…」
 ボクは訝しがる。
 昨日この男は、この屋敷の場所を尋ねたはずだ。
 場所を知らなかったという事だ。
 つまりこの宛先の住人では無い。
 ここで荷物を渡してもいいものだろうか?
 とっさに嘘をついた。
 「この品物はご本人様に手渡しするように指示されているのですが」
 「ですから私です」
 「じゃ、この住所はどちらになるんでしょうか?」
 「ここです」
 ここは墓だ。
 
 「ここなんです。待っていました」
 待っていた?
 荷物を?
 それとも…ボクを?
 
 「えー…と、ここでですか?ボクが何時に来るかも分からないのに?」
 こんな状況なのに
 なるべく失礼にならないように聞いたつもりだ。
 
 「はい。私はここに着いてしまったら動けません」
 
 「は…?」
 「私は、動けません」
 パキッ
 「ここに辿り着きましたから」
 パキッ
 「私の家です」
 パキィィ────ン
 男はゆっくりと墓を指差した。
 
 あぁ…。
 何故早く帰らなかったんだ。
 音が、耳元で響く。
 暗い山の中の墓場で、男が寂しげに笑う。
 
 
 「あ、ありがとうございました」
 荷物を渡し、ボクは逃げ出した。
 小屋の方へ、上がってきた山道の方へ。
 だが、道が見つからない。
 上がってくる時でさえ道とは言えないものだったのだから
 見失ってしまったのか。
 こうしている間にも男の手が肩に掛かりそうな恐怖が襲い掛かり…
 パキッ
 
 音が追ってくる。
 何が音を立てているのかわからない。
 そんな事は、今のボクにはどうでもいい。
 そして、男の顔がボクの肩越しに覗き込む幻覚が…
 ボクは一気に山に踏み出した。
 その直後、ボクは落下した。
 山肌を滑る。木の幹が容赦なく体にあたり斜面を滑り落ちていく
 止めようと足に力を入れると、今度は足裏を基点にくるりと横転。
 ボクは空中に舞った。
 そして、どうッ、と肩から着地した。
 そこにオレンジ色の点滅が見えた。
 ボクのクルマのハザードランプだ。
 痛さに顔をしかめながらボクは走った。
 
 
 
*続きはこちら!
『昭和から来た男』== エピローグ ==