風の日。
 何故だか風の日は嫌な事が起きたり、
 調子が出なかったりするんですよねぇ。
 (バックナンバー vol.14 『風の日はご用心!?』参照)
 そんな日に、ある大仕事を任されてしまった新人の「マルオくん」
 彼にとっても風の日は嫌な思い出の残る日になるに違いありません。
 今回は純情な新人配達員に起きた、かなり悲惨なお話です。
 
 
————–2005/02/13 発行 第53号———————–
 


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■ハンドルを握ったサルと愉快な仲間たち
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 『自由な空へ ~強風の贈り物~』
 
 「85万円!?」
 朝の慌しいデポの中で、いきなり新人のマルオくんが大声をあげました。
 
 マルオくんは、つい先月にこのデポにやってきた新人さんです。
 何年か前の繁忙期でバイトに来た事がありますが、
 運転免許を持っていなかったために仕分けやトラックの助手として
 このデポで頑張っていた青年です。
 そのマルオくんが免許を取得したので、
 今度はドライバーとして働きたいとやってきたのです。
 丸っこい体に人のよさそうな顔立ち。
 性格はおとなしく、謙虚で真面目な彼はすぐに採用されたのでした。
 そのマルオくんが突然大声を上げたのは
 今日配達する代金引換の荷物の代金が85万円という額だったからです。
 これほどの代金引換はめったにありません。
 当然、配達経験の浅いマルオくんにとっては初めての経験です。
 「む、む、む、無理ですぅ!数えられないですよぉ」
 「ばかいうな!85枚くらい数えられるだろうが」
 「い、いや、そういう意味じゃなくて…緊張しちゃいます!
  お、俺、いっぺんに5万円くらいしか持ったこと無いですもん」
 「仕事だよ、シゴト!しゃんとしろよマルオ!」
 マルオくんと所長が言い合っています。
 マルオくんは、どうしてもそんな大金を持ち歩きたくないようなんです。
 確かにそう思うのも無理はないですよね。
 自分のお金ならともかく、お客さんから一時預かるお金ですから。
 責任重大ですもん。
 しかし、最近の配達では代金引換は当たり前の時代ですから
 そんな事でビビッていても困っちゃいます。
 
 毎年2~3月の学生の制服の配達時期になると
 1日に総額400万円とかの代金を持つ事もしばしばあります。
 1件で85万円は確かに高額ですが…
 そんなにビビッていると、本当に落としたりしちゃうぞ。
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 そんな心配が現実になってしまいました。
 
 85万円の代金引換の配達先は、高層マンション群の中の12階でした。
 強風の吹く中、マルオくんはビクビクしながら配達に向かったのです。
 風の日は、何故だか良くない事が起こるものなんです。
 (バックナンバー vol.14 『風の日はご用心!?』参照
  http://takuhai-athlete.com/archives/2005/06/vol14.html)
 (不在不在、不在であってくれ~…頼む~)
 頭の中でマルオくんは、そう祈っていたそうです。
 明日はマルオくんの休日だから、今日不在ならば明日の配達になる。
 そうすれば自分は85万円のプレッシャーから逃れられると思ったのです。
 どうしても85万円という大金を預かるのは嫌だったようですね。
 ところが人生、そんなに甘くはないんですよね。
 いたんですよね。
 事前連絡しても在宅していなかったお客さんが、運悪く(いや丁度良く?)
 マルオくんと同じエレベーターに乗り合わせてしまったのです。
 マルオくんが大事そうに抱えている荷物を見たお客さんが
 エレベーターの中で声を掛けてきたそうです。
 「あら?それウチのかしら?1205室ですけど…」
 不在であってくれ~と必死で祈っていたところに
 突然に声を掛けられたマルオくんは、
 一瞬にして頭の中が真っ白になりました。
 「は?」
 「1205室の○○ですけど…、それウチの荷物?」
 「○○…さん?85万円の?」
 「やっぱりそうですか。今帰って来たんです。
  丁度良かった!お金用意してありますから」
 …残念ながらマルオくんの必死の願いも虚しく
 代金まで用意されていたのですから、仕方がありませんよねぇ。
 マルオくん、覚悟を決めてお金預かってこようよ。
 エレベーターを降りて1205室まで行くと
 お客さんがお金を取りに部屋に入ってしまいました。
 
 玄関先で12階の強風にさらされて待つマルオくん。
 これから起きる事を考えると徐々に緊張が高まってきます。
 (ま、まず、荷物を渡す。強風だから左手でドアを押さえる。
  お金を貰う。数える。もう一回数える。落とさないように仕舞う)
 待ってる間も、頭の中でリハーサルをしていたそうです。
 いつも通りにすればいいのに…。
 マルオくんにとってたいへんな金額のために緊張し過ぎていたようです。
 こういう時に失敗は起きるものなんですよねぇ。
 可哀想なマルオ…。
 さぁ、ドアが開きました!
 リハーサル通りにちゃんとやれるか?マルオくん。
 まず、荷物を玄関の中に置かせてもらうんだよな?
 
 「お荷物を…」
 「えーと、85万円よね?確認してね」
 マルオくんが荷物を置かせてくれと言う前に
 お客さんに先手を取られてしまいました!
 しかも封筒に入れられたお金をポンと渡されてしまったのです。
 空いていた左手で、その封筒を受取ったマルオくん。
 まず荷物を置くというリハーサル通りにいかない!?
 
 マルオくんの頭は真っ白になってしまったのです。
 
 真っ白になって次の行動を考えられなくなってしまったのです。
 あれほど嫌だった高額代金の引き換えの緊張が一気に高まりました。
 緊張の原因である85万円が今はマルオくんの左手に握られているのです。
 落ち着けマルオ!
 しかし、真っ白に固まってしまったマルオくんの思考回路とはうらはらに
 マルオくんの体はリハーサル通りに動いてしまったのです!
 そう、荷物を置くために『左手でドアを押さえる』を実行したのです!
 左手には封筒に入った85万円!
 当然、糊付けして封をしているはずもなく…
 ドアを押さえるために傾けた封筒から
 バラバラッと一万円たちが落ちていったのです。
 折りしも外は強風が吹き荒れる天候…。
 しかもここは12階。
 封筒から流れ落ちた一万円札はマンションの廊下に着地する事なく
 次々と風に乗って自由な空に飛んでいってしまったのです。
 「あ~ッ!」
 青くなるお客さん。
 マルオくんも当然その状況を目の当たりにして、理解してはいたのですが
 理解するのと行動とが、緊張のあまりに同調出来なかったのです。
 青くなるお客さんの前で、マルオくんの取った行動は…
 「お荷物こちらに置かせていただきます。」
 いや、そんな事を言うつもりではなかったそうなんですが
 口からそう出てしまったのです。
 自分自身でも(馬鹿言うな!)と思ったそうなんですが…。
 しかし、人から見れば「何をのんきな事言ってるんだ?」という事です。
 「そんな事言ってる場合じゃないでしょう?
  どうするの?全部飛んでっちゃったんじゃない?」
 青くなったお客さんでしたが、
 まだこの時は多少マルオくんに同情していたような感じです。
 しかし、マルオくんの次の一言がぶち壊してしまいました。
 「えーと、代金85万円になります」
 「はぁッ!?」
 当然、烈火のごとく怒り始めたお客さん。
 みるみる客さんの顔色が青から赤に変わったそうです。
 
 「あなたにすでに渡していたでしょう?
  あなたがお金を飛ばしたんでしょう?
  あなたの不注意のために起きた事でしょう?」
 当然っす。
 マルオくんもそんな事を口にするつもりはなかったのです。
 すべては度の過ぎた緊張のために起きたことなんです。
 真っ白になったために
 体と口がリハーサル通りに動いてしまっただけなんです…。
 頭の中の冷静な部分では
(その時はその部分も冷静ではなかったでしょうが)
 大変な事になった!回収しなければ!と思ったそうなんですが…。
 後でデポに帰って落ち着いてからは
 「あの時には、スミマセンの一言も出なかったんです…」
 と、しょんぼりしていました。
 結局、飛ばされたお金の殆どは回収出来ず、
 大変な問題として役員から厳重注意を配達員全員が受けてしまいました。