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vol.29 『ムォリチカッ!』

 さて、いつもはお馬鹿なお話をお届けしている
 「宅配アスリート」ですが、今回のお話は「怒」です。
 十数年も宅配便をやってると、本当にいろいろな事があります。
 面白いお客さんに出会ったり、自分が思いっきり失敗しちゃったり…
 でも、中にはこんな激しく怒る出来事もあるんです。
 
 
————–2005/03/27 発行 第29号———————–


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■ハンドルを握ったサルと愉快な仲間たち
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 『ムォリチカッ!』
 
 遠くに消防車のサイレンが聞こえる…
 ボクは、A町の配達を終えてC町まで行くために
 B町の道を走っていました。
 ABCの町はボクの持っている配達エリアの中では最北端にあたります。
 このABCの町より北側は「市」が違うため、ボクには未知の世界です。
 その市境の道をボクは走っていました。
 サイレンの音が近づいてきました。
 いやサイレンが近づいてきたと言うよりも、ボクが近づいているのか?
 どうやらB町で大きな火事でもあったようです。
 B町はメインの道路が一本だけなので、ここで道路工事などがあると
 かなり大きく迂回をしなければならなくなります。
 カーブを曲がると、唐突に消防車の赤い車体が目に入りました。
 パトカーも来ています。
 細く開けた窓からは、少し焦げ臭いもしてきました。
 そしてやはり迂回の指示が出ていました。
 迂回しなければならないのですが、ここがB町というのが大変です。
 B町は高級住宅地で、メインの道路から一本路地に入ると一方通行ばかり
 で、普通の一般車はあちこちで立ち往生しています。
 ボクはよく知っている道ですが、迷っている車が多いために
 やっとの事でB町を抜けていきました。
 
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 デポから電話があったのは、C町での配達を始めようとしていた時でした。
 
 「柏城さん、A町の○○さんから再配の連絡入った」
 「分かった。今C町だからちょっと時間掛かるけど後で行けるよ」
 「大体何時くらいかって聞かれているんだけど…」
 「ん~と、こっちで時間指定の家があるからそれ終わってからだから…
  3時前後くらいかなぁ?あ、今さぁ~B町で火事があったみたいだから
  もしかして道路通れないかもしれない。そうすると大回りしなきゃいけ
  ないから、もっと時間かかるなぁ」
 「分かった。3時過ぎになるって伝えとく」
 そう言って電話を切ったのですが
 これが今回の事件の始まりでした。
 しばらくするとまたデポから電話がありました。
 今度は内勤の女性ではなく、所長からでした。
 (TAKUHAI ATHLETE 17号「不幸のハンカチ」に登場)
 「柏城さん、俺が出てきたって事はよっぽどですよ」
 「はあぁ?」
 いきなりそんな事を言われても、何の事だか全く分からない。
 一体なんだっていうんだ?しかも随分と大物ぶった言い方じゃないか。
 
 「何が?」 そっけなく答えると
 「○○さんなんだけどね、怒ってるんだよ。」
 「どうして?」
 「なんですぐ来られないんだ、と」
 「だから3時過ぎって伝えてもらったよ」
 「でも怒っているんだよ」
 「2時半以降っていう家がC町にあるから、
  それが終わったら他の家をとばしてすぐに行くよ。
  でも途中で火事があったんだよ。しかもB町。
  あそこで通行止めやってたらハッキリ時間なんてわからないよ。
  ヘタすると4時とか…どっちにしろ3時は過ぎるよ」
 「今、C町なの?」
 「そうだよ。だからすっ飛んでいっても3時頃にはなっちゃう」
 「じゃ、それくらいになっちゃうね。わかった。」
 普段配達に出ない所長でさえB町を抜けられないとすれば時間が大幅に
 変わってくることは理解したようです。
 ところが、またすぐに電話が鳴った。
 所長からです。
 「すぐに○○さんに、飛んでもらえないかな?手に負えないんだ。荷主の
  デパートにまで電話入れて『社長を出せ!』って息巻いているらしいん
  だよ。2時半の家にはこっちから電話入れとく。」
 …く~!やっとB町抜けたというのに、とんぼ返りか。
 その人だけに配達しているわけじゃないのに。仕方ないすぐに向かおう。
 ボクはクルマをA町の方向に走らせましたが、
 案の定B町手前で渋滞になっています。
 先程のメインの道路はやはり通行止め。
 このメイン道路を止められると、後はB町の住宅街を抜けるしか方法があ
 りません。
 しかしB町の住宅街は、普段この地域を走りなれていない一般車が
 一方通行でハマりまくっているのです。
 他の地域なら、ぐるっと大回りする事も可能ですが、
 あいにくABCの町はそれより南の町とは道路で繋がっていません。
 大回りするには北側の隣の市に入るしか方法はないんです。
 そしてその隣の市の道はボクは知らない。地図もない。
 まして、どれくらいの交通量があるのか、
 どれくらい時間が掛かるのかもわからない。
 地図も土地勘もないのに、もし迷ってしまったら大変だ。
 
 いつもよりは時間が掛かるが、B町を抜ける方が確実と考えました。
 そしてボクはB町へとクルマを走らせたのです。
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 40分くらいかかってしまいました。
 それでもルートに組んでいた配達しなければならない他の家をとばして
 B町の住宅街も裏道を飛ばしてきた結果なんです。
 これ以上早く着くのは不可能でしょう。最短時間で到着したと思う。
 A町に着き、目的の○○さんの家に近づくと、玄関前に60代の男性が
 立っていました。その家のご主人でしょうか?
 ボクはクルマを脇に停めてその男性に尋ねました。
 「○○さんですか?」
 しかし男性は睨みつけるばかり。
 もう一度同じ事を尋ねようかと思ったときに突然大声で言われた。
 「何故こんなに時間が掛かるんだ!」
 なんだぁ~?所長の奴、ちゃんと説明しなかったのか?
 「申し訳ありません。離れた地域を配達していたもので」
 「離れているから何だ!どうしてこんなに待たせるのか!俺は客だぞ!」
 「申し訳ありません」
 そう言いながらも、荷物をクルマから降ろそうとした時に伝票を
 ダッシュボードに置き忘れている事に気付いたんです。
 
 ボクは謝りながら、伝票を取ろうとしました。
 しかし男性の罵倒は絶え間なく続く。
 相手があまりにも怒っているので、話の腰を折って運転席に乗り込むのは
 躊躇われたので、だまって聞くことにしました。
 「お前の所の電話に出る奴は、馬鹿か?馬鹿を使っているのか?」
 「あの電話の態度は何だ!どうしてあんなに生意気な態度を取るのか
  この場でハッキリ言ってみろ!」
 「最初に出た女は辞めさせろ!すぐには無理だと言いやがった」
 「男の方は30分以上は掛かると言いやがった。こっちは客だぞ!」
 「○○デパートの奴はなんだ!社長を出せと言ったのに営業担当だと!
  馬鹿にしているのか!あぁ!?」
 近所中に響き渡る大声で罵詈雑言を浴びせられた。
 実際近くにある幼稚園にお迎えに来ていた奥様達がこちらを見ている。
 ハッキリ言って電話の対応が悪かったのか?
 電話の事ばかり言っている。
 「申し訳ありません。今後注意いたします」
 「なんだと。俺は何でこんなに時間が掛かったのか聞いているんだ!
  馬鹿かお前は」
 「すみません。どんなに急いでも30分以上掛かる場所にいたもので」
 「だから30分以上掛かるって言うのか!俺は客だぞ!そんな他の配達
  なんてしなくていいんだ!客の俺を優先させるのは当然じゃないか!
  そんな事も分からないで運送なんてやってるんじゃねぇ!」
 「いえ、他を優先させたわけではないです」
 「……なんだぁ?生意気だなお前は。俺はなんで時間が掛かったのか
  聞いているんだ!それを答えろ!今すぐにっ!」
 「ですから30分以上掛かる場所に…」
 言いかけている途中で、いきなり殴られた!
 まさか殴られると思っていなかったので
 まさに不意打ちだった。
 鼻の奥から目にかけてガツーンと痛みがはしる。
 目の奥からすごい勢いで星が次から次へと飛び出してくる。
 こんなもん、なんともないよという顔をしていたいが
 気持ちと裏腹に涙が止まらない。
 このやろう!
 客だと思っているから、下手に出ているんじゃないか。
 他の客だってお客様だよ。あんた一人の為に配達しているんじゃない。
 物理的に30分掛かる場所にいたんだ。
 道路事情だって刻々と変わるんだ。今日みたいに火事のために通行止めに
 なる事だってある。
 かーっと来た。
 くそっ、殴り返してやるっ!
 そう思ったが、一発殴ったら、一発では済まないような気がした。
 そういう風に行動したら、自分で止められないかもしれない。
 そう思った。
 それに絶対ボクは勝ってしまう。
 そんな事になっても虚しいだけだ。
 ここは我慢するしかない。
 そう思っているときに、いきなり髪の毛を掴まれた。
 そしてまた顔面を殴られた。
 考え事をしていたから避ける暇も無く思いっきり喰らった。
 これには頭にきた!
 プチンとキレた!
 可笑しいですか?
 こんなんでも新聞にはキレる現代人とか言われちゃいますか?
 いや、キレて当然!
 これで怒らなきゃ、その方がどうかしている。
 コイツは会社では、ある程度の地位の人間なんでしょう。
 鼻で人を使うタイプ。
 居酒屋で部下に悪口言われているタイプ。
 言い方変えれば、札束で顔を叩いて人を使っているタイプ。
 自分の金じゃないのに。
 それを自分の力だと勘違いしている奴。
 ボクが取った行動は殴るでもなく刺すわけでもなく
 携帯電話を手にする事でした。
 こんな奴には、殴るよりもよっぽど効果的な方法。
 社会的制裁。
 ボクはオマエの召使いではないんだっ!!
 そして番号を押した。
 「おい、人が話しているのにどこに電話かけているんだ!」
 ボクは一言。
 「けいさつ」
 「何ッ?ふざけるな!ど、どんな理由があるんだ!」
 「傷害…暴行かな?」
 「ふ、ふざけるなっ!おいっ、荷物はどこだ!」
 明らかに動揺した男性は、ボクが指差した荷物をひったくり
 なんと家の中へ駆け込んでしまったのです。
 ボクはあまりの効果に多少驚きながらもクルマに乗りエンジンをかけ、
 クルマを発進させたとたん、その家の玄関がバンッと開きさっきの男性が
 クルマに向かって靴や板切れを投げながら「ばかやろう!」と怒鳴って
 いるのが聞こえました。
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 怒鳴っているのはその男性だけではありませんでした。
 デポに一旦戻るとデポは大騒ぎになっていました。
 「警察~?警察に電話したのか!かぁ~…」
 本社の人間は困り果てていました。
 ま、当然こういう反応は予測していたけど……。
 意外にもボクに味方したのは取引先の○○デパートだったんです。
 「警察に連絡は当然です。それなりの対応をしましょう」
 問題はそれ以上大きくなりませんでした。
 ボクが警察に電話したのがかなり効いたようです。
 それでも当然のように、○○さんの家には出入り禁止処分になりました。
 ま、その方がいいんですけどね。
 出入り禁止っていう名目は気に入らないけど。
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 その後、○○さんの家の近所に配達に行った時の事です。
 荷物を渡して帰ろうと思ったら、その家のおばちゃんに引き止められたん
 です。
 「ね、ね、あんたでしょ?この前○○さんに怒鳴られていた人!
  大変だったわねぇ。あの後、警察に電話したのよ!酷い事するからねぇ、
  あの人は。あんた怪我無かったの?あ、△△さーん!この人、この前の
  配達の人だって!酷かったわよねぇ」
 近所を歩いていた人を呼び止めてまで話を続けるおばちゃん。
 その近所を歩いていたおばちゃんまでも
 「あの人オカシイのよ!いつか何かやるんじゃないかって怖いの。」
 「ウチなんか郵便受けに生卵入れられてたのよ!」
 「あなたが行った後も、何見てるんだ!って怒鳴られるしね。でも警察に
  わたし連絡してあったから、すぐ来てくれたの。そしたら家の中に逃げ
  ちゃうしね。」
 「あそこのお蕎麦屋さんの出前の人もやられたみたいよ。頭からお蕎麦を
  かけられたって。すごく怒ってたわよ」
 「幼稚園がすぐそこでしょう?怖いわ」
 「でも、会社では重役らしいわよ」
 ○○は近所でも変わり者だったみたいで、
 おばちゃん達の話はどんどん続きました。
 でも…、読者の皆さんだけに教えますね。
 結局あの時ボクは、「1」「1」「0」と番号押せなかったんですよ。
 押した振りしただけ。
 ボクだけの問題で済めばいいけど、会社のみんなに迷惑かかったら
 いけないもんね。悔しいけど…仕方ないかo(・_・)○☆
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コメント

  1. さまよい女 より:

    信じられない。ヒドイ目にあいましたね。自分の言うことをなんでもやってもらえると思っている、コドモがおっさんの皮をかぶっているような、典型的な「裸の王様」タイプ。会社では偉いのかもしれないけど、人間として最低です。
    しかし柏城さんはエライな。普通なら殴りかえしちゃうでしょう(`ヘ´)/ 人格崩壊者に出会ったら、「この人は、きっと私生活では何もいいことがない、かわいそうな人なんだ。」と思いましょう。…なかなか冷静になれないでしょうが(-_-;)

  2. 飛鳥 より:

    怒れる話です。怒って当然!キレて当然!もう一言、言うと殴り返して当然!でも、何事にも暴力を以って解決というやり方は限界があります。それに、こぶしに嫌な感触残っちゃいますよね。
    くうう~残念!私が、その場に出くわしていたら、履いてるスニーカーを脱いでその男性めがけて投げつけてました。なんせ、ソフトボール経験者なものでコントロールには、自信があります。
    頑張れ!宅配アスリート!これからも応援してます!

  3. 柏城 信一 より:

    >さまよい女さん
    >飛鳥さん
    こんにちは~。
    配達していて殴られるって、めったにある事じゃないですけれど、全くないわけでもないんですよ。
    配達していてお客さんと接する時間なんて、せいぜい30秒?1分?そんなものなのにいろいろありますよねぇ。
    このお話に登場するお客さんは近所で有名らしくて、この後にいろいろな武勇伝?を聞きました。寿司屋、蕎麦屋、ピザ屋、クリーニング…宅配便だけじゃなく、配達する業者全てと問題を起こしている事も発覚しました。
    また、それは別のお話で紹介しますね。

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