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vol.56~58 『想い出幽霊』

 都会に住んでいる人は、そうですねぇ…
 闇、なんて知らないのでしょうね。
 真の闇…。
 かすかな灯りさえない漆黒の闇。
 当然人間の目ん玉なんて役にたたないですな。
 なあんにも見えないんですから。
 そんな闇の世界でもね、
 いるんですよ…。
 闇には闇の住人がいるんです。
 
 お天道様の下で暮らしてる分には
 想像なんて事もしないで済んじゃうんですがね。
 だけど…
 ひょんなきっかけで覗いちゃうこともあるんですな。
 闇の世界を。
 
 
————–2005/07/25~27 発行 第56号~第58号———————–


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■ハンドルを握ったサルと愉快な仲間たち
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 『想い出幽霊』
 【序章】
 
 そろそろかな…?
 ボクは車の時計を見た。
 22:00を過ぎたところだ。
 よし、いいだろう。そろそろ行こう。
 ボクはドアを開けて、クルマから降りた。
 こんな時間に、ボクは何をしているかというと
 今夜は深夜便の配達があるのだ。
 
 夜間便ってのは、18:00~20:00くらいの配達で
 深夜便ってのは、22:00~24:00という時間帯。
 めったに無いけれど、たまにはある。
 ま、嫌な配達ですよ。
 特別手当が出るわけじゃなし
 残業手当なんて上等なものなんてあるはずもない。
 出来ればこんな時間の配達なんてしたくない。
 実際、今日の配達は夜間配達の分も含めて
 18:00を少し回った頃には、すでに終わっていた。
 そんな時間に終われるのは珍しい。
 
 だからこんな日は、さっさと帰って休みたかった。
 たまには早く帰って一風呂浴びて
 テレビで野球でも見ながらビールを飲む。
 そんな普通の事ができる
 数少ない日だったというのに。
 
 しかし、どうしてもと
 当日配達の深夜便が入荷してしまったのだ。
 そんなわけで、ボクは約4時間もの間
 クルマの中でラジオを聞きながら
 この誰もいない駐車場で時間を潰していたというわけだ。
 
 
 
 【第一幕 闇】
 
 
 帰りたかったのにはワケがある。
 今日の配達が早く終わったからという理由だけではない。
 この配達先の場所に問題があるのだ。
 ここに配達がある時、ボクは決まって日中に配達する。
 どんなに時間指定が厳しくても、だ。
 ここに配達がある時には、なんとか時間を工面して日中に配達する。
 
 
 それは何故か?
 
 
 理由は簡単だ。
 それはここが「墓場」だから。
 
 
 誤解の無いように言っておくが
 墓の住人に配達があるわけではない。
 その先の家に配達があるのだ。
 
 その家は「大庄さん」というお宅なのだが
 墓を通らなければ、家に辿り着けない場所に建っている。
 
 道路から山に向けて建っているお寺の奥に位置するお宅という事だ。
 お寺は、裏山を墓としているが、
 なんとその墓所の奥に大庄さんのお宅は建っているのだ。
 
 他の道からのアプローチは出来ない。
 そもそも、このお寺自体がかなりの山に建っている。
 主要な道路からクネクネと。
 まるでこのお寺専用の道路を上がらなくてはならない。
 
 その突き当りがこのお寺だ。
 
 つまり大庄さん宅へは、お寺の裏山に広がる墓場を抜けるしか
 訪問はできないという事になる。
 
 
 だから…帰りたかった。
 大庄さん宅の配達は、
 どんなに忙しくても日中に終わらせたいという気持ちが
 わかってもらえるだろうか?
 
 
 
 クルマから降りると、急に心細くなった。 
 当然だが、辺りは真っ暗だ。
 遥か下の車道を通るクルマの音も聞こえてこない。
 
 しかも今夜は、あいにくの曇り空だ。
 月明かりさえ味方してくれない。
 
 やはり…足を進めるのに躊躇してしまう。
 夜のお寺はやっぱり怖い。
 怖いが配達しなければ帰れない。
 
 
 しかたなく歩を進める。
 
 踏みしめる玉砂利の音だけが響く。
 お寺の入口の街灯の光が、ボクの影を薄く長くのばしている。
 
 こんな時に限って、自分の書いたメルマガを思い出してしまう。
 「真夏の夜と都会の海」「昭和から来た男」など…。
 
 今にも、開襟シャツを着た黒ブチ眼鏡の男が
 目の前に現れそうな恐怖を覚えた。
 
 
 カサ。
 
 ビクッ!
 何?何の音?
 
 
 心臓が飛び出すほど驚いて
 辺りを見回す。
 
 しかし何の音もしない。
 風で落ち葉でも舞ったか?
 辺りはしんと静まりかえっている。
 それはそれで怖いのだが。
 
 闇はそれだけでボクに恐怖を与える。
 しかも場所が場所だ。
 違う世界に迷い込んでしまったような錯覚さえある。
 
 
 再び歩き出す。
 
 
 裏山の墓には本堂をぐるっと廻らなければならない。
 いよいよ緊張が高まってくる。
  
 こういう時は、
 「何かの角を曲がる」という、なんでもない行為がとてつもなく怖い。
 
 曲がった先に何か居るんじゃないか?
 開襟シャツの男や…分身みたいなモノが。
 はたまた闇の住人か。
 
 恐怖に身を縮めながら
 なるべく大きく本堂を回りこむ。
  
 …なにもいなかった。
 ホッと胸を撫で下ろす。
 
 しかしそこには
 僅かながらも届いていた街灯の灯りさえ本堂の影となり
 灯りのまったくない世界が広がっていた。
 
 
 ここを抜けていくのか…。
 
 
 墓場の入口には、とくに門なども無いのだが
 そこからは闇なんだと、はっきりと分かる線がボクには見えていた。
 思わず、ぶると身が震えた。
 さて…ぐずぐずしていても始まらない。
 さっさと配達してしまおう。
 ボクは再び歩を進めた。
 
 
 歩いていると思ったより怖くなかった。
 辺りが暗くて全く見えなかったからだ。
 墓場だとわかるから怖いのであって、
 それが見えないのであれば、怖くもなんともなかった。
 街灯も届かないくらいの闇が、逆に味方しているようだった。
 さあ、早く配達を済ませてしまおう。
 ボクは、砂利の小道をじゃりじゃり足音を立てて歩いた。
 しばらく行くと二股に分かれる地点があった。
 右の道は、大きな木があり日中でも薄暗いが近道だ。
 左の道は、遠回りになるが開けていて遠く道路も見える。
 
 
 さて…。
 どちらを進むべきか。
 
  
 ふっ…。
 真っ暗なのに、薄暗いもへったくれもないよな…。
 
 
 ボクは苦笑して、右の道を進んだ。
 
 
 足元に気をつけながら進んでいたので
 下ばかり見ていた。
 ふと目を上げると、大庄さんのお宅はすぐそばに見えていた。
 窓の灯りが見える。
 
 
 もうすぐ…だな。
 
 
 そうしてまた足元に目を移した時、視野の隅で、ふわと何かが動いた。
 
 
 ん?
 
 
 恐怖も薄れていたボクは、その方向を向いた。
 大きな木の傍だ。
 
 
 そこに…人がいた。
 
 
 真っ暗な闇の中に白っぽい服を着た女性がいた。
 闇の中に浮き上がるように。
 こちらに背を向けて、ただひとりで女性がそこにいた。
 こんな夜中に…。
 一体何をしているのか?
 まさか、墓参りなのか?
 
 
 
 そう思っている時に
 足元で子供の声がした。
 
 
 「最近、いつも来てるんだよ」
 
 
 最近いつも…?
 こんな時間にか?
 
 
 そこでボクはやっと気が付いた。
 
 
 子供の声?
 何故?
 全身に鳥肌が立つ。
 
 
 子供が居るわけないじゃないか。
 こんな時間に。こんな場所に。
 後ろから来たのなら足音がしたはずだ。
 
 
 ふふ…。
 
 
 ああ、どうしよう。
 子供の甘えたような笑い声がする。
 すぐ足元で。
 
 
 だめだ。
 振り向くな。
 だがボクは、ばっと足元を見た。
  
 
 何も…いなかった。
 声も聞こえない。
 恐怖で凍りついた。
 思わず足を引きずり、後ずさった。
 じゃじゃと砂利が音を鳴らす。
 
 
 その時、
 真っ暗な闇の中で、
 白っぽい服を着た女性が
 ゆっくりと、こちらを振り向いた。
 
 
 
 【第二幕 子供】
 
 
 闇の中で、女性はゆっくりと振り向いた。
 が、ボクの居る所まで振り返ることはなかった。
 
 ボクにはまるで気が付いていないようだ。
 
 子供に対する恐怖もあったが、ボクは思わずしゃがんで身を隠した。
 禍々しい気配を感じる。
 あの女性に見つかりたくない。
 
 
 しかし、しゃがむと子供と同じ目線になってしまう。
 さっきの子供がまた来たらどうする?
 激しい恐怖が全身を駆け巡った。
 
  
 さっきの子供はなんなのだ?
 どこから来てどこへ行ったのだ?
 何故、あの女性が毎日来ている事を知っているのだ?
 あの子供も毎日ここに居るという事か?
 あの子供は…あの子供は誰なのだ?
 
 
 この暗闇の中から
 今にも目の前に現れて
 同じ目の高さから「にい」と笑う顔を想像して
 気が遠くなりそうだった。
 
 
 来るな来るな!
 
 
 目を瞑って恐怖に身を縮めていたが
 それっきり何の物音もしなかった。
 しばらくそのままで硬直した後
 ボクは恐る恐る辺りを見渡した。
 なにも…いない。
 子供は消えたままだ。
 そして女性が居る方を覗いて見ると
 女性はそこに居た。
 さっきと同じ姿勢で同じ方向を見ていた。
 大庄さんのお宅を見ているようだ。
 
 
 闇に浮かぶ白い横顔がここからでもよく見えた。
 
 
 あれ…?
 あの女性は…。
 ボクはその女性に見覚えがあった。
 木村さんじゃないか?
 
 
 じっと大庄さんの方向を向いている横顔は
 よく配達に行く、木村さんのその顔だった。
 
 
 なにしてるんだ?
 
 
 ボクはこの時だけは、子供の事も忘れ
 身を低くしたまま木村さんを凝視した。
 木村さんはまったく動く気配も無く
 ただ、大庄さんの家の方を見ている。
 暗闇の中で。
 ただひとりで。
 
 
 大庄さんの玄関が開く音がした。
 
 
 その瞬間、さあと明るくなった。
 雲が晴れたのだ。
 月明かりが辺りをやわらかく照らし出した。
 
 
 
 【第三幕 回想】
 
 
 木村さんは、70歳くらいの一人暮らし。
 少し足が悪い。
 花が好きなのかな?
 生花の配達が多い。
 木村さんのお宅は新興住宅地みたいな
 洒落た家が立ち並ぶ一角にあるが
 木村さん宅は平屋の小さな家だ。
 それでも、うらぶれた感じはまるでなくて
 むしろ、良い味出してるなぁと感じるし
 近所の家よりも、よほど木村さん宅みたいな家に住んでみたいと
 思わせるようなセンスの良い家だ。
 結構広い庭があって
 いつもそこには大きな木が茂り、花が咲いていた。
 木村さん本人も年齢を感じさせないような人で
 一見するとお嬢様という印象を受けるような人だ。
 しかし性格は明るく
 いろんな話題を出しては笑わせてくれる。
 どうも水商売でもやっていたんじゃないかと思うほどに
 話し上手だ。
 そうか。
 たぶんそうだな。
 きっと何処かでお店でもやっていたんだろう。
 
 家に収まっているから
 物静かなお嬢様に見えるけれど
 話し出した姿を煌びやかな場所に移せば
 何処かのママといってもおかしくない。
 いや、その方がピッタリくる。
 そんな話好きの性格だから配達員としては多少困る事もある。
 配達するたびに「ちょっと上がっていきなさいな」と
 話し相手にされてしまうのであった。
 
 
 
 生花の配達がほとんどだから
 まずは、「この花はね…」と始まる。
 そしてどんどんと話は脱線していく。
 困った事に、その話があまりにも面白く
 ボクも配達を忘れて夢中になる。
 そんなある日だった。
 木村さんが言った。
 めずらしく身の上話をしてきたのだ。
 
 
 「アタシ」木村さんは自分の事をアタシと言う。
 私でもあたしでもない。アタシだ。
 そんなところもママっぽいのかもしれない。
 
 
 「アタシはね、ずっと想ってる人がいるんだよ」
 
 
 ご亭主の事か?
 そういえば木村さんの表札には一人分しか名前がない。
 亡くなったのだろうか?
 
 
 「違うよ。アタシはずっと独り者だもん。他に良い人がいるの」
 
  
 結婚はしなかったそうだ。
 若い頃に大恋愛をしたらしい。
 相手は若くして出世したエリート。
 やはり木村さんはお店をやっていたそうだ。
 それもかなり高級な。
 お店が高級なら、お客も高級。
 そんなお客の中の一人だったという。
 すぐに付き合いが始まり
 彼の優しく頼りがいがあるところに
 木村さんは夢中になった。
 彼も木村さんを大事にしてくれて
 毎日夢のような日々だったという。
 一時は結婚の約束まで交わしたそうだ。
 しかし…。
 もろくもその夢は崩れ去る。
 ドラマによくある展開になったそうだ。
 
 
 あんなに優しくしてくれたのに
 出世街道まっしぐらだった彼は
 その階段を上がる度に、少しづつ離れていったそうだ。
 悲しい結末だ。
 それでも木村さんは悪く言わない。
 
 
 「いろいろと…事情ってものがあるもの」
 
 
 その時の想いが強烈過ぎて
 他の人とは一緒になれなかった。
 以来ずっと一人で生活してきた。
 たった一人の人を想い続けて。
 そんな昔話だった。
 
 
 立ち上がった木村さんは庭にある木の傍に行った。
 
 
 「夾竹桃だよ。あの人が贈ってくれたの。
  プレゼントに苗木を寄こすなんてね」
 
 
 そう言って少し笑った。
 
 その夾竹桃は今は庭に植えられて
 大きく成長していた。
 
 彼がお気に入りだった木だそうだ。
 そしてすぐ脇にある小さな花を指差して
 
 
 「それでこっちが蝦夷菊。アタシが好きな花。
  菊が好きだなんて変わってるだろう」
 
 
 夾竹桃に寄り添うように蝦夷菊が咲いている。
 木村さんはそこに自分の夢を映したのだろうか?
 
 
 「あんたはあの人に似てるよ」
 
 
 一瞬ぽかんとした後に
 ボクは顔が赤くなった。
 
  
 「いやだよ、この子は!赤くなったりして。変な事考えたろ?」
 
 
 まるで少女のように、軽くぶつ真似をして木村さんは大いに笑った。
 木村さんにとってその人への想いは長い事続いたのだろう。
 実際今でも想い続けているのかもしれない。
 ところが続く言葉にボクは驚いた。
 
 
 「でもね、この前その人死んじゃったんだよ…」
 
 
 彼には当然のように家庭があった。
 だから葬式にも行かなかったそうだ。
 いや、愛人というわけでもないから、行こうと思えば行けたのだが
 
 
 「…あの人の家族なんて見たくないからね」
 
 
 そう木村さんは言ったのだ。
 
 
 
 【第四幕 光】
 
 
 そんな木村さんが何故こんな時間に墓場にいるのか?
 何か見てはいけないものを見てしまった感じがした。
 大庄さんの玄関が開いた音でボクは大庄さんのお宅を見た。
 玄関から、ちらちらと小さな灯りが揺れる。
 懐中電灯のようだ。
 そしてその光はゆっくりと墓の方に降りてくる。
 どうやらこちらへ来ようとしているようだ。
 木村さんはどうしているのかと思って見ると
 そこにもう姿は無かった。
 
 
 どこへ行ったのだろう?
 
 
 ボクは立ち上がって辺りを見渡した。
 どこにも見当たらなかった。
 近づいてくる懐中電灯の光がボクを捕らえた。
  
 
 「○○運送さんですか?」
 
 
 大きな声がかかる。
 わざわざ迎えに来てくれたのだろうか?
 ボクが返事を返すと、大庄さんは墓を横切って近づいてきた。
 
 
 「こんな時間に本当に申し訳なかったですね」
 
 
 大庄さんの顔が分かるほどになってから
 ボクは、やっと一息つけた。
 やわらかな月明かりの下
 大庄さんは、ボクのクルマまで送ってくれた。
 墓場には何の変化も起こらなかった。
 
 
 
 
 【第五幕 真実】
 
 
 それからしばらくした後のある日。
 ボクは木村さんの近所の配達で大変だった。
 お香典返しが大量に入荷したのだ。
 住宅が密集している地域だから、クルマを停めて
 お香典返しを大量に抱えて歩いて配達していた。
 何軒か配達しているうちに配達先のお客さんから言われた。
 
 
 「あぁ、この辺全部でしょう?大変ね
  木村さんもまだまだ若かったのにねぇ」
 
 
 木村さん…?
 
 
 まだ不在票も書いていなかったので気が付かなかったが、
 このお香典返しの差出人の苗字は木村さんだった。
 
 
 「あ、あれ?木村さんってあそこの木村さんなんですか?」
 
 
 一人暮らしだと思ったが…
 誰か他にも住んでたのか?
 
 
 「そうなのよ。一人暮らしだったでしょう?
  親戚が来るまでわからなかったみたいよ」
 
 
 え…?
 じゃあ、木村さん本人ということか?
 亡くなったのか…。
 お香典返しの差出人は「木村」だが
 男名前になっている。親戚の人なのだろう。
 
 
 
 え!?
 ちょっと待て。
 お香典返しが来るって事は四十九日過ぎてるのか?
 あの墓場で木村さんを見たのはいつだった?
 そんな一ヶ月以上も前だったか?
 
 
 頭が混乱してきた。
 そんなに前じゃなかったはずだ。
 あれは、いつだった?
 
 
 いや待て。
 あの時、駐車場にはボクしかいなかった。
 他のクルマは停まってなかった。
 足の悪い木村さんが、一人であの山を登ってこられるはずがない。
 それじゃ…あれは…?
 
   
 「もう二ヶ月も前になるのねぇ」
 
 
 やはり…。
 
 
 「誰も手入れしないから、庭のお花も雑草に埋まってるわね」
 
 
 なんてこった…。
 あの時の木村さんは亡くなった後だったというのか。
 ボクが見たのは…木村さんの幽霊だったというのか。
 
 
 「毎日来てるんだよ」
 
 
 背筋がぞくぞくしてくる。
 あの時の子供の声が浮かんできた。
 あの子供は…誰だ?
 あの子供こそ、あそこで何をしていたんだ?
 まさか…あの子供も?
 
 木村さんが立っていたあの場所は…
 あれは…木村さん本人の墓の前だったのか?
 それとも、もしかすると…彼の墓の前だったのか?
 葬式にも行けず、ただただ思い出の彼を思い続けて…。
 足が悪いから。
 墓参りにも行けず。
 いや、行けたとしても人目を忍ぶしかなかっただろう。
 そうして死んでからもなお人目に付かない深夜に毎晩通っていたのか。
 そうなのか?
 やっと逢えるようになったのか?
 死んでからやっと毎晩会えるようになったのか。
 
 
 「○○寺で全部やってもらったみたいよ」
 
 
 あのお寺だ。
 
 
  
 
 【最終章 夾竹桃】
 
 
 大庄さんに配達がきた。
 もちろんボクは陽の高い日中に配達に向かった。
 
 今日のボクは迷わず、右の道に進む。
 昼なお薄暗い、大きな木がある道の方だ。
 大きな木は「夾竹桃」だった。
 木村さんのお宅にあった木だ。
 引き込まれるような赤い花が幾重にも咲いている。
 
 夾竹桃の幹に花言葉を書いた札が下がっている
 
 
 『綺麗な薔薇に棘があるように
  美しい花を咲かせる夾竹桃には毒があります。
  花言葉は「危険」「ご用心」などです』
 
 
 …木村さんから離れていった彼の好きな木か。
 
 
 木村さんが立っていたのは…この辺りだ。
 目の前には立派な墓石がある。
 周りを圧倒するような大きな墓だ。
 
 
 木村さん…。
 この人が優しかったあの人かい?
 毎晩通っているんだってね。
 子供が教えてくれたんだよ。
 やっと自由なのかな。
 彼も逢えて喜んでいるのかな。
 
 
 あの暗闇の中でしゃがんだように
 ボクは墓の前でしゃがんでみた。
 もしかしたら、またあの子供の声が聞こえるかもしれない。
 そうあって欲しくないと思いながらも
 聞きたい気持ちもあったのだ。
 しかし、太陽の下では何も起こらなかった。
 ボクはあの闇の時の事を考える。
 あの子供の事はまだ謎だ。
 なにをどう考えてもわからない。
 やはり亡者だったのだろうか?
 ボクは子供に問い掛ける。
 木村さんは毎日来てたんだろう?
 彼に逢いに来てたのかい?
 楽しそうだったのかい?
 …そして君は誰なんだ?
 
  
 しゃがんだまま、じっと墓を見つめる。
 夏の訪れを告げるように蝉が鳴いている。
 
 
 
 
 ぱんと膝を叩いて立ち上がった。
 
 
 いいじゃねえか。
 世の中には不思議な事もある。
 突き詰めれば案外簡単な理屈なのかもしれないが
 ボクにはわからない。
 ボクの世界の中では
 ボクが分からなければ
 ボクの未知の世界と同義だ。
 
 あの夜、ここでボクはそれを見た。
 闇の住人なんかじゃない。
 頑なに、ひとりの人を愛した人の夢を見たんだ。
 
 
 それでいいじゃねえか。
 ボクは歩き出した。
 目の前に大きな夾竹桃がそびえている。
 その夾竹桃の樹の下で蝦夷菊が小さく咲いていた。
 
 木村さんが生前よく言っていたな。
 
 
 「蝦夷菊の花言葉はね『思い出』とか『美しき追想』なんだよ。
  あの人をずっと想ってるアタシのことみたいだろう?」
 
  
 
                         【想い出幽霊 完】
 
 
 
◇編集後記
 
 この話をデポで他の配達員に聞かせた時に
 「だから言ったじゃん。
  柏城さんの仲良くしてた
  木村さんの家で葬式やってたぞって。」
 
 そう言われました。
 そんな事、言われたかなぁと思ったのですが
 頭の片隅に残っていたのかもしれませんね。
 木村さんは亡くなってると。
 だから深夜の配達の時に
 怖い怖いと思っている闇の中で幻を見たのでしょうか?
 
 「夾竹桃」は「きょうちくとう」と読み
 葉が竹のように細く、花が桃の花に似ている事で
 この名前になったようです。
 綺麗な花ですが毒があるそうです。
 「蝦夷菊」は、外来の花で「アスター」と呼ばれている菊の一種です。
 
 



コメント

  1. まっす より:

    ブログの女王を見てこのブログを見に来ました
    契約成立おめでとうございます(9*゚▽゚)9”
    この話しついつい真剣に読んでしまいました・・・結構おもしろかったです。ちょっとホラーな感じもあって最高でした!!!!
    これからもっと見させてもらいます

  2. 柏城 信一 より:

    >まっすさん
    ありがとうございます!
    このエピソードは、3回に分けてメルマガ配信したものをまとめたものなので、ちょっと長めですけど、読んでくださって嬉しいです。
    他のエピソードでも楽しんでくださいネ(^o^)丿
    またよろしくお願いします。

  3. カヲル より:

    はじめまして。
    3個の母でイラストブログをしております。
    カヲルと申します。
    私も宅配の方とお話しするのは嫌いではなく、いつも来るおじさんと他愛のない言葉を2〜3言交わすのが気持ち良くもあります。
    今回のお話はまったりですね。
    この時間、一人で読んでいてゾクリとしました。
    必死に読んでいると、足下で子供の泣き声。。。次男が眠くてハイハイでここまで来ておりました。
    ちょっと調べたのですが『夾竹桃』はインド原産の花で毒もあるようですが、薬にも使われているようです。

  4. 関口 より:

    「想い出幽霊」夢とも…うつつとも…幻とも…。そして、はかなくて、切なくて、愛のある、しかも、ぞくっとする。
    大作でした。すばらしかった。センスある文章。楽しませていただきました。ありがとうございます。梅雨明けはこれからだけど、『真夏の恐怖』ぞくぞくするノンフィクション期待してます。

  5. 柏城 信一 より:

    >カヲルさん
    こんばんは!
    フォローありがとうございます。そう、薬にもなるんですよね。
    カヲルさんのイラストブログは面白いですね。ちょくちょくお邪魔しますね♪
    >関口さん
    こんばんは!
    うひ~♪たくさんのお褒めの言葉ありがとうございます。照れちゃうなぁ(*^_^*)
    これからもまだ新作エピソードを発表していきますのでよろしくお願いします。

  6. ゆーじ より:

    この前テレビで見てアクセスしました!!世の中おもしろいですね。一気に全部読んじゃいましたよ。。
    んで僕もこのメルマガ登録したいんですけどやり方がわかんなくて”どうしたらいいんですか?

  7. 柏城 信一 より:

    >ゆーじさん
    アクセスありがとうございます♪
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