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vol.41 『冷夏の代償』

 米騒動って覚えてますか?
 若い人は知らないかもしれないけれど
 つい10年前に、日本は米不足で大変だったんですよ。
 信じられないかもしれませんが、
 店という店から米が無くなったのです!
 
 どこへ行っても米が手に入らない状況だったのです。
 米を食べるには、整理券を手に入れたり
 入荷しそうな店の前で、朝早くから並んでみたり
 知り合いに頼んで手に入れたりしたものです。
 しかし、そうして苦労して手に入れた米も純粋な国産米ではありません。
 カリフォルニア米やタイ米などの長米種で食感も味も違うものでした。
 …この米騒動が宅配便業界に大きなダメージを与えるとは
 この時は思いもしなかったのですが、
 実際に、この米騒動を期に宅配便は厳しい時代を迎える事になったのです。
 
 今回のお話は、米騒動の前までは当たり前に行われていた
 『不在置き』についてです。
 
 
————–2005/08/28 発行 第41号———————–
 


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■ハンドルを握ったサルと愉快な仲間たち
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 『冷夏の代償』
 クレームが入った。
 入道雲が青空にクッキリと背を伸ばし始めた真夏のような日の午後。
 配達は半分くらい終わった時でした。
 デポからの電話は緊急を要していました。
 「柏城さん、大変!荷物が無くなったって!」
 午前中にお客さんの家の玄関前に不在置きしてきた荷物が
 無くなってしまって、怒りの電話が入ったという事らしい。
 お客さんに事情を説明するために、
 ボクにその時の状況を聞きに電話してきたのだった。
 この時代は、荷物の不在置きが当たり前に行われていた時代だったけど
 それでお礼を言われる事はあってもクレームなど無い時代だったのです。
 置いてきた荷物は米。
 米という荷物は、それ1回限りという事は少なくて
 毎月同じ人から同じ人へと送られてくる事が普通なのです。
 今回、無くなってしまったという家もそうした家のひとつで
 毎月同じ日に同じ米が送られてきているいわば常連さん。
 家の人とも顔なじみになっていて
 配達に行くたびに、世間話をするほどだったし、
 しかもいつも帰り際には「もし、いない時は置いていってね」と
 しょっちゅう言われている家だったので、
 怒りの電話と聞いて、ボクはちょっと首を傾げたのだが
 実際、荷物が無くなりゃ、そりゃ怒るよな…。
 まいったなぁ。
 電話を受けた後に、ボクは即行でその家に向かうことにした。
 よく知っているお客さんだったし、
 荷物が無くなったのは自分の責任でもあるから。
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 お客さんは在宅していた。
 怒り心頭という感じで出てくるかと思っていたのだが
 以外にも笑顔で玄関に出てきた。
 「まぁ、わざわざ来てくれたの?帰ったら不在票に
  『置かせていただきました』って書いてあるけど荷物無いし…
  それで電話して聞いてみただけなのよ~。
  もしかして怒られちゃった…の?」
 
 ボクは荷物を、いつもの場所に置いた事を説明して
 無くなってしまった事を、ひたすら謝った。
 しかし、その家の奥さんは
 「長い付き合いだし、私の方が置いていってと言ってるんだから
  気にしないで!またお願いしますね」
 荷物が無くなったのはお客さんのせいではないのに
 そんな事を言ってくれて、とても気分が楽になりました。
 でもボクはひたすらに謝って失礼することにしました。
 帰り際に門を閉めようとすると、
 門の外の縁石ギリギリにいつも置いてある
 植木鉢が倒れているのに気が付きました。
 
 「あの、これ倒れてます。直しておきますね」
 「あ、いいのよ~」
 それでも植木鉢を直していましたが
 その時、ボクはピンときたのです。
 この家の前の道は狭くて、クルマがすれ違うにはギリギリの幅です。
 配達に来る時は、いつも壁ぎりぎりにクルマを停める。
 しかしボクが配達に来た時は植木鉢は倒れていなかった。
 「あの…、お帰りになった時に門は閉まってましたか?」
 「え?…あぁ、閉まっていたわよ?」
 「そうっすか。…それじゃスミマセン失礼します」
 ボクは確信した。これは…同業者の仕業だ。
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 配達もそっちのけでボクはその周辺を走り回った。
 米泥棒捜索だ。
 あの家の門は少し特殊なのです。
 普通は門のレバーを下に倒せば開くのに、
 防犯対策上、下ではなく上に倒して開くように改造してあるのです。
 さらにそのレバーの横に付いている小さなボタンを押さなければ
 門が開く事はありえない。
 もし、空き巣などの犯人だとしてもあの門は開けられないのではないか?
 それに門は閉まっていたとお客さんは言っていたじゃないか。
 それに植木鉢だ。
 誰かがクルマをギリギリに寄せて停めたから倒れたのではないか?
 全ては直感だけだけど、ボクは確信していた。
 それに大体の見当も付いていた。
 
 あの家から帰る時に、
 ボクは他の宅配業者があの家の方向に向かうのを見ている。
 疑いたくはないけれど、事実そうした事件は数多く起きている。
 どっちにしろ被害者はお客さんであり、その原因はボクだ。
 捜索するのは当たり前だと思ったし
 手掛かりは(直感だけだが)それしかないのだから。
 窃盗犯捜索アスリートに変身だ!
 —————————–
 住宅地を走り回っている時に
 やっと、そのクルマを見つけた。
 
 運転手は配達に行っているようでクルマには誰も乗っていない。
 ボクはクルマを降りてそのクルマの荷室を確認してみる。
 
 荷室には荷物が少なく、ボクが探している米は無かった。
 コイツではなかったのか?
 がっかりした反面、やっぱり少しホッとした。
 しかし運転席側に歩いていった時に…
 
 あった!
 助手席に広げられた地図の下に米の箱が見える。
 5Kgの米は30cm×45cmくらいの箱に入っているのだ。
 それが助手席に広げられた地図の下から少し見えている。
 やはり、こいつか。
 そこに運転手が帰ってきた。
 目が合った。
 「よう、○○さん。」
 ボクは声をかけた。
 
 「あ、こんちは」
 気のせいか少しビビッているようにも見える。
 「どう?調子は?」
 「時間指定が多くって…。じゃ、頑張ってください」
 そう言って、そそくさとドアを開けて車に乗ろうとする。
 やはり…。
 いつもと違って対応がぎこちない。
 いつもなら、こっちが急いでいると言っても
 「それでね…」とか「そうそう!」とか話を続けるほど話好きなのに。
 ボクは閉じたドアにもたれかかり
 「おう、頑張ってな」と言った。
 
 しかし、ボクはドアから体は離さなかった。
 そして少し開いた運転席の窓に左手をかけて
 右手でフロントガラスをコツコツ叩いた。
 「でも、その前に…その荷物見せてくれるか?」
 一気に奴は青ざめた。
 「え…な、なんで?」
 と答えたものの、明らかに動揺している。
 黙って二人は見つめ合った後、
 観念したのか黙って地図をどかして、米をこっちに渡した。
 ボクも黙って米を受け取り小さく「よし」と呟いた。
 気まずそうにうつむいたまま奴は言った。
 「どうしてわかった?」
 「あ?あの家に入れるのは同業者しかいねえだろ?
  あんたを見つけたのは、たまたまだ」
 「そうじゃねぇよ、隠しておいたのになんで盗んだ米だとわかった?」
 「プロだからな…。自分の荷物は覚えているよ」
 こうして米泥棒の捜査は終わった。
 現場の家に行く前に、
 近所の御菓子屋で買った手土産を持って謝りに行った。
 しかし、そんな事があったというのにお客さんは笑顔だった。
 まだ空には入道雲がくっきりと浮いていた。
 そろそろ夏だなぁ…、そんな風に思った季節でした。



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