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vol.48 『お付き合いの始まりは、お寿司から』

 昔はねぇ、良かったですよ。
 いきなり年寄りくさい始まり方ですが、
 ホント昔は良かったですねぇ。
 配達に行ってチャイムを鳴らすと「わーい!」なんて感じがあったんです。
 いや、もちろん「わーい」なんて言わないですけど
 荷物が届くのを楽しみにしてた雰囲気が、にじみ出ていましたね。
 配達しているボクらも、サンタクロースみたいなもんでね
 大袈裟じゃなく「ボクたちの仕事は夢を運ぶ仕事」なんだなんて
 本気で思っていたんですよ。ええ。
 ところが最近はねぇ…
 自分で注文していた品物でも「頼んだっけ?」とか
 何度、不在票入れても連絡もくれなかったり…。
 とてもとても「夢を運んでる」感じなんてなくなっちゃいましたねぇ。
 これも時代の流れですかねぇ。
 でもね、こんな時代でも中には本当に荷物が届くのを
 楽しみに待っていてくれる人もいるんですよ。
 そんな人の所へ配達に行くと、
 こっちも気分がいいですからね、
 こんな事も起こっちゃうんですよ…。
 
 
————–2005/11/03 発行 第48号———————–
 


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■ハンドルを握ったサルと愉快な仲間たち
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 『お付き合いの始まりは、お寿司から』
 
 クリスマス、バレンタインデー、母の日…
 こうしたイベントの日はプレゼントを宅配便で送る人が多くて
 宅配便は忙しいんですよねぇ。
 敬老の日だったかなぁ?
 その日も荷物は多かったんですよ。
 子供や孫からのプレゼント。
 おじいちゃん、おばあちゃんにとっては嬉しいものでしょうね。
 とにかく楽しみに待ってる人が多いんだから
 気合入れて、なるべく早くに品物を渡すようにしなくっちゃ!
 さぁ、頑張るぞ。
 そうやって気合を入れながら配達していて
 ある一軒のお宅に辿り着きました。
 
 「ピンポーン」
 インターフォンを押すとすぐに返事がしました。
 その声には「来た~」という待ち焦がれたというか
 楽しみに待っていたという雰囲気がにじみ出ていました。
 荷物を渡してハンコをもらおうとしたのですが
 笑顔の表情とは何か違う微妙な違和感を持ったのです。
 そう、このお客さんは目が不自由だったのです。
 「荷物ここに置きますね」
 「簡単に使えるかしら」
 品物はMDラジカセのようです。
 見たところ誰でも簡単に使えるような機種だったので
 「そうですねぇ、簡単だと思いますよ」
 そう言ったものの、そうだった…目が…
 しかし、だからといってどう言っていいのかわからないので
 ボクは、その後の言葉が続きませんでした。
 「本当はね、昨日届くはずだったのよね。
  だけどこの通販の会社から遅れるという連絡があったの。
  昨日来ればうちの息子がいたんだけど…
  今度息子が来るのは、あさってだもんねぇ。
  初めてのモノは使い方教えてもらわないとわからないから…。
  それまで我慢しなくちゃいけないわねぇ」
 はぁ…。
 なんだかとてもガッカリしている様子でした。
 しかも、その間は一人で生活するのか…。
 ボクにはわからないくらいの生活なんだろうなぁ。
 でもせっかく楽しみにしていたのに残念だよなぁ。
 そう思ったら口が勝手に動いていました。
 
 「え…と。多分簡単に使えると思うから…説明しましょうか?」
 おいおい!
 何やってるの?ボク。
 そんな時間ないだろうが?
 さっさと配達しないと今日は終わらないぞ。
 「え?でも…いいの?」
 「あー、いいっすよ!とりあえずの使い方だけ知っておけば
  あさってまで楽しめるんじゃないですか?」
 そうして梱包を空けてMDラジカセを引っ張り出して
 説明を始めたのですが…
 「ごめんなさい。結構複雑なのね。
  これじゃ、録音しないと使い方覚えられないわね」
 「録音?」
 「いつも録音して覚えるの」
 「そうっすか。じゃ、基本的なことだけ録音しましょうよ」
 ああーん!?
 何を言い出してるのかな?ボク。
 マジで早く配達しないとマズいっしょ。
 「本当に?!あなたいい人ね」
 いい人ねと言われて有頂天になっちゃうボク。
 あ~あ、断れないというか…
 調子がいいっていうか…。
 お客さんがいつも使ってるというカセットレコーダーを持ってきたので
 仕方なく(自分で言ったくせに)簡単な再生方法とかを
 録音し始めました。
 ボクの説明に合わせて、
 いろいろMDラジカセを操作しているお客さん。
 …しかし見事です。知らない人だったら目が不自由なんて絶対わからない。
 結局、簡単な説明だけといっても2時間くらいを使ってしまった。
 話好きな人なんで、録音している最中でも
 昨日隣の息子さんが親とケンカして寝れなかったとか、
 食べ物は何が好きだとか話をしてくるもんですから
 思ったよりも時間がかかっちゃいました。
 「このくらいで、簡単な使い方はわかりますかねぇ?」
 「ええ!ごめんなさいね、忙しいのに時間取らせて」
 そして傍らに置いてあったバッグから
 お客さんは財布を取り出して2万円をボクに差し出したのです。
 「これ取っておいて。御礼だから」
 「え?いや、いいですよ」
 だって御礼に2万円なんて聞いたことない。
 「いいのいいの」
 笑顔でグイグイお金をボクに押し付けてきます。
 あ、そうか…勘違いしてるのかな?2千円とか。
 「いや、こんなに…これ2万円ですよ」
 「そうよ。目が見えなくてもお札くらいわかるわ。
  それくらいの事してもらったんだから」
 そんなやり取りがしばらく続きました。
 本音をいうと(マジかよ!ラッキー!)みたいな感じでしたけど
 やっぱりもらえませんでした。
 貧乏性なんですかね?
 
 でも、そのお客さんの家への配達はとても気分の良いものでした。
 なんだか…「荷物が届くのを楽しみにしてくれてるっていいなぁ」
 という気持ちと、良い事したなぁという気持ちがありました。
 でも、残りの配達がぁ~(泣)!
 良い気分に浸ってる暇はありません。
 気合入れて配達しないと終わらないぞ!
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 それからしばらくしたある日、
 デポに10人前くらいの「お寿司」が届きました。
 宛名はボク。
 何だろう?と思ったら、この前のMDラジカセのお宅からです。
 この前の御礼と言う事です。
 もう、デポ中大騒ぎです。
 「うおっ、寿司だー!」
 なんて言いながらワラワラと群がってきます。
 そのお寿司には
 息子さんからの手紙がついていました。
 「とても親切にしていただきましてありがとうございます。
  これからもよろしくお願いいたします。
  長いお付き合いのお願いにお寿司を…」
 こんな事してくれなくてもいいのになぁ。
 でも、『長いお付き合いのお願いにお寿司を…』って
 どんな意味だろう?
 あ、そういえばあの時
 「…挿入口にMDを入れて三角のマークが彫ってあるボタン…」
 「あなたお寿司好き?」
 「…を押すと、お寿司が始まります。あ、いや再生が始まり…
  あっはっは!突然聞かれるからお寿司が始まりますって
  録音しちゃいましたよ~!」
 …とか言ったんだよなぁ。
 
 「おーい!柏城、食わねぇのか?なくなっちまうぞ!」
 おわっ!
 ナニ勝手に食ってんだよ~。
 ボクのおかげだろ?いただきますって言えよな~。



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