●vol.52 『クリスマスと星の笑顔』
その年の盛り上がり方は凄かったです。
ラジオもテレビも商店街もデパートも、
流れるBGMは『熱き星たちよ』ばかりでした。
そう!言わずと知れたベイスターズの応援歌です。
♪お~~お~おお~おお、よ~こはまべいすた~~ず
あ~~つ~きほ~したちよ~~、れっつごぉ~!♪
あぁ…懐かしい……。
「また38年後だよ」と何度言われた事か…。
いやいやいや!
来年はやります。牛島がやってくださいます!
あ、いや話が逸れましたが…
そう、38年ぶりの優勝で
街もどうしていいかわからないくらいのお祭り騒ぎの中、
商店街から遠く離れたアパートの一室で
ボクは小さな出来事に遭遇していたのです…。
--------------2005/12/25 発行 第52号-----------------------
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■ハンドルを握ったサルと愉快な仲間たち
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『クリスマスと星の笑顔』
仕事が終わってから歩く商店街。
夜という事もありますが、配達中とは全然違う雰囲気です。
その商店街の外れにある細い路地。
この路地の先にボクの目的の店があります。
華やかな商店街から取り残された空間。
他にも店らしきものはあるのですが
どうにも営業しているところをボクは見た事がありません。
目的の店も看板すらまともに付いていないけれど
店の中からは仄かな明かりと共に
カコーン!という音が洩れてきます。
そう、ここはプールバーなんです。
「うひ~寒い!」
ガラス張りのドアを開けると、
いまどき珍しいかもしれない「カラン」という音と共に
ボクの友人であるマスターが「いらっしゃい」と声を掛けてきます。
「外、寒みーよ!すっげー。もう凍えそう」
「じゃ、熱燗でもする?」
「いや、いつもの」
「『寒みー、凍えそう』じゃなかったのかよ(笑)」
「う…。ま、そうなんだけど」
ボクは熱燗はあんまり…得意じゃないんです。
マスターは笑いながらカウンター下の冷蔵庫を空けて
カウンターに落ち着いたボクにビールを滑らせてきました。
「はいよ、温かいビール」
「うるせー。ビールでも暖まるんだよ」
と、言いながら瓶の口に乗ったライムをギュギュっと
瓶の中に押し込んでからグッと一口飲んだとたんに
「冷てー!!」
「寒みーのにビールなんか飲むから(笑)」
「そう思うんなら、何か暖かい食べ物でも出せってーの」
「へいへい。ラーメンでも食う?」
プールバーに来てラーメンはないと思うけれど
ここは、そんなに気取った店じゃありません。
なんてったって、いつもお客はボク一人きり。
よく続いてるよなぁ…趣味?とでも尋ねたいくらいです。
ボクがこの店に来るようになったのは、まだ高校生の頃です。
今ではこの店のマスターになった友人と二人で来たのが初めてです。
当時、ビリヤードが流行りまくっていて
街のあちこちでビリヤード場がオープンしていました。
今では信じられませんが、
その当時はどこのビリヤード場も行列で
3時間待ちなんていうこともザラにありました。
ボクたち二人はビリヤードの魅力に夢中になって
毎日のようにビリヤード場に通い詰めたものでした。
そして…10年ほど経ったある日、
ボクは思い出したように無性にビリヤードがしたくなり
この店に来たところ、なんと驚く事にその時の友人が
この店のマスターになっていたというわけなんです。
「お、そうだ。ラーメン待ってる間にこれでも見ててよ」
「ん?何?…○○デパートのチラシ?」
「そう。なんか買うと当たるんだ」
「何が?」
「ベイスターズの開幕戦のチケット」
○○デパートで何か商品の購入をすると
次の年の開幕戦のチケットがプレゼントされるというのです。
これは欲しいッ!ぜひッ!
「うおッ!欲しい!」
「じゃ、何か選んどけよ。俺明日行って来るから」
ま、そんな訳で特に買う物もなかったんですが
マフラー持ってなかったんで値段も手頃だし、それにしました。
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繁忙期の超忙しい配達中のボクの足元に
空き地から野球のボールが転がってきました。
しゃがんでボールを取ると空き地から少年が走ってきました。
「ありがとうございます」
おお、礼儀正しいじゃないか。
少年はボールを受取るとまた空き地へ戻って行こうとしましたが
何故かボクのクルマの前でピタと止まりました。
「どうかした?」
ボクが声を掛けると少年は
「横浜のファンなの?」
ボクのクルマには横浜ベイスターズのステッカーが貼ってあるのです。
少年はそのステッカーを見て言ったのでしょう。
「おう、そうだよ」
「僕も!僕ね、クリスマスにホッシーのストラップ貰うんだ!」
「へぇ、よかったね」
そう相槌を打ちましたが
携帯ストラップ…?
そんなもんでいいのか?
それよりも携帯ストラップ必要なのか?
その歳で携帯持ってるのかなぁ?
「限定なんだよ。ゴールドホッシーだって!」
よくわかりませんが
ひとしきり横浜ベイスターズの話をしたり
選手のモノマネをしたりした後に
少年が空き地へと戻っていったので
ボクは配達に向かいました。
配達先は空き地の前の家です。
何度も配達に伺っているお客さんで
世間話もよくしているので
ボクが熱烈なベイスターズファンだという事も知っています。
「うちの子、野球の携帯ストラップが欲しいなんて言って…
携帯だって持っていないのに、なんでかしらねぇ。」
「あぁ、あの子ですか?今、話したんですよ」
「そう、ベイスターズに夢中なの。
携帯ストラップだったら安上がりで助かるんだけど
でも、何だか手に入らないみたいじゃない?
だから他のにしようと思ってるの。
ゲームボーイって人気あるわよね~。」
ま、携帯ストラップと比べたらゲームボーイの方がいいんじゃない?
ボクだったらその方が嬉しいなぁ。
お客さんも「ま、私も欲しいなぁ~なんて思っちゃってるから!」と
言っています。
ゲームボーイをプレゼントする理由はそれか…。
だけど…。
さっき話してみた限りでは携帯ストラップを
とても楽しみにしていたみたいだけど…。
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クリスマス当日は予想通りの忙しさでした。
当日必着のクリスマス商品が大量に入荷してきて
繁忙期で疲れた体に鞭打つように体を動かして配達していました。
昼に配達して不在だった家も含めて夜間配達を開始すると
あのベイスターズファンの少年の家にも荷物がある事に気が付きました。
ま、品物はプレゼントのゲームボーイではなくお歳暮でしたが。
今頃は家族でクリスマスパーティの最中でしょうか?
限定の携帯ストラップは手に入らなくても
今年のクリスマスはゲームボーイだもん。喜んでるでしょうね。
楽しんでる顔を想像しながらインターフォンを押しました。
すぐに奥さんが出てきたのですがどうも様子が変です。
家の奥からは、少年の大きな泣き声が聞こえてきているのです。
(…ゲームボーイじゃ満足できなかったのかなぁ?)
「ゲームボーイじゃイヤなんだって。
まったく…プレゼント渡して泣かれるんだから合わないわよ」
「満足しなかったんすか~。いいのになぁ」
「そうよねぇ。やっぱり私の物にしちゃおうかしら!
それにしても…なんとかストラップ手に入れれば良かったわぁ。
こんなに泣くとは思ってみなかったもの」
限定ですからね…
なかなか難しいですよ。
まぁ、でもそのうちゲームボーイで良かったと言うんじゃないかな?
そんな会話の最中に電話が鳴ったのです。
まだ奥さんから受領印を貰ってなかったので
後で掛けなおそうと思ったのですが
奥さんが「いいよ出て」と言ってくれたので
ちょっと玄関から出て電話に出ました。
電話の相手は冒頭の友人のマスターでした。
「あのさぁ…言いにくいんだけどね」
「なんだよ、何か悪い知らせ?」
「うん…まぁ。この前の○○デパートの買物なんだけど…」
「あー!まだ貰ってないぞマフラー。どうしたんだよ」
「あ、それは買った。お前忙しくなっちゃって店に来ないから」
「悪りいね。そんなに急ぐもんでもないからいいよ」
「いや、それでねベイスターズの開幕戦なんだけど…」
「当たったの!?」
「いやぁ、俺勘違いしちゃって…。
開幕戦のチケットな…、実は福袋買うと当たるんだって。
つまり…年明けの買物なんだよね。無駄な買物させちゃったね」
「…なんだ。そうなんだ。じゃ仕方ないね。福袋期待しようぜ」
「ごめんなぁ。それでさぁ今回の歳末の売り出しでも懸賞やってて
他の品物が当たったんだよね。…いる?」
「他の?何?」
「限定のホッシーストラップ…」
え?
今、何と?
なんて言った?
「あ、いらないよな?優勝記念モデルだけど…」
「いるーッ!いるいるいるよッ!限定のストラップだろ?いる!!」
「え?なんだよ?そんなの欲しがるタイプじゃないだろ?」
「欲しがるタイプだよ!もンのすごく欲しがるよ。
マジかよ!お前スゲーよ。タイムリーだよ。
代打で逆転満塁サヨナラホームランみたいだ!」
「は?…はぁ?」
「とにかくすぐ行く!そこにストラップあるんだろ?」
「ス、ストラップ?あるけど…。
開幕戦のチケットじゃないよ…」
「おしッ!10分だ。10分で行く!」
「あぁ、…なんだかわからないけど待ってるよ」
話し終わって玄関に入るとすぐさま奥さんが言いました。
「聞いちゃった!お願い譲って!」
へい、そのつもりでやんす。
ま、とにかく急いで行ってきます。
そして急いでクルマに向かって走っていると
道の向こうから原付バイクが走ってきました。
「柏城さ~ん、まだ配達っすか?」
サンタの服を着た顔なじみのピザの配達員です。
おお!なんてタイムリー!
役者は揃ったな。
「ピザの配達忙しいのか?」
「いやぁ~、今日はこれで終わりっす。これから彼女のところに…」
「じゃ、乗って!」
「は?」
「いいから付き合えって!」
「いや、だから…彼女…」
「あ、○○さん!(お客さんの名前)
バイクちょっと停めさせてくださいね。すぐ行ってきます」
嫌がるピザ屋をクルマに乗せてアクセルをグッと踏み込みました。
今からボクはクリスマスの夜を疾走するトナカイだ。
プレゼントに向けて猛ダッシュしました。
超特急で友人の店に到着して、
ワケがわからず唖然としている友人からストラップを受取って
またトナカイ号は超特急でお客さんの家に取って返しました。
ピザ屋には、クルマの中で事情は説明しました。
「クリスマスなのに…、
彼女をビックリさせようとしてサンタのままなのに…」
ブツブツ言いながら彼女へ携帯で連絡していましたが
「やりなよ!私も行く!」って言われたと、
ちょっと泣きべそ状態でしたが
最後にはやる気満々になっていました。
お客さんの家の前に着くと、クルマの音に気が付いたのか
家から奥さんが出てきました。
「まだ、泣いてるのよ」
そう言う奥さんに向かってピザ屋は胸を張って
「まかせてください!」
そう言ってスタスタと家に向かって歩き始めました。
しかし、玄関ではなく窓の方です。
「あの?玄関はこっちですけど…」
そう言う奥さんにピザ屋は言いました。
「サンタクロースは玄関から入らないのです。
煙突といきたいところですが、今日のところは窓からで」
なるほどね。
ピザ屋はやる気満々でした。
ボクと奥さんはピザ屋のサンタの後ろから窓の方へ向かいました。
すると…
少年の泣き声のする部屋の前で立ち止まったピザ屋のサンタ。
おもむろに窓を「コンコン」と叩きました。
そして…(少年がサンタに気が付いたのか)大きな声で
「メリークリスマス!○○くん!」
と、言ったのです。
残念ながらプレゼントの入った大きな袋は持っていませんでしたが
さっき友人のマスターから受取った小さな紙袋をヒラヒラとさせて
紙袋の中からストラップを取り出したのです。
「○○くんのご注文は…ホッシーのストラップだったね?」
「うわあー!!」
その瞬間、少年の一際大きな声が聞こえました。
一瞬、怖がって泣いたんじゃないか?と思いましたが違いました。
ガラッと窓が開いて少年が飛び出してきたのです。
その顔は満面の笑顔になっていました。
「やったー!くれるの?」
「キミが注文したんだろ?だからキミのものだよ」
嘘!?
ボクがまず思ったのは、
こんなに簡単に少年は喜んじゃうんだ~という事でした。
だって誰だってお芝居ってわかりそうなものなのに。
ストラップを手にした少年は大喜びなんです。
それとも少年はサンタクロースをまだ信じていたのかな?
なにはともあれ、少年が喜んでよかった。
それにしても…ピザ屋のサンタ…。
演技力あるじゃないか…(笑)
格好だけじゃなくて、君は本当にサンタクロースだ!
=== エピローグ ===
その後、奥さんがピザ屋に言いました。
「お礼にピザ取るわ!」
でも、ピザ屋のサンタは
「いや…だから今日はもう仕事終わってるし…
ピザ取ってもらっても俺は嬉しくないし…」
と、もごもごと答えていました。
さっきまでの元気は嘘のようでした。
ピザ屋の彼女は近くに住んでいたみたいです。
クルマの中からの電話で、すぐに家を出たのでしょう。
ピザ屋のサンタが「メリークリスマス!」と言ったところから
家の前で一部始終見ていたそうです。
「ピザなんて取らなくてもいいですよ。
逆にこっちの方がいいもの見せていただきました。
この人があんな事出来るなんて…びっくりです!
いいプレゼント貰いました」
そう言ってくれたのです。
なんだかみんなが嬉しくなったクリスマスの出来事でした。
コメント
すごい感動ですね。
こんな連携ができるなんて、みんな一生の思い出になるんじゃないかな。
Posted by: コロちゃん | 2006年6月18日 23:40
コロちゃんさん、こんばんは!
ありがとうございます。
偶然が重なって奇跡を起こしましたね☆
あの子、嬉しそうだったなぁ。
ボクにも嬉しい奇跡こないかなぁ…^^;
また、楽しみにしていてくださいね。
Posted by: 柏城 信一 | 2006年6月20日 00:31
昨夜TVで観て、もっと詳しく知りたくてブログにお邪魔!
TVの内容はかなり端折ってたんですね。
いやぁ、体の中が「じわ~」って温かくなりました。
いい話どうもです。
TVで先に出た「失礼な客の話」は置いといて。
こんな温かくなる話、美味しいトコだけでもう満足。
ドキュメントだからまた素敵!
応援してます。
お邪魔しました。
Posted by: もん吉 | 2006年7月15日 21:11
>もん吉さん
こんばんは!
嬉しいコメントですね。ありがとうございます!
テレビはかなりカットされてましたね。ま、時間が限られていますからねぇ。
だから「もっと詳しく知りたくて」なんて言ってもらえて本当に嬉しいです。
またよろしくです!
Posted by: 柏城 信一 | 2006年7月16日 00:57